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ドリフのメンバーの年齢は?【2022年】不仲説や初期メンバーについても紹介

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1977年から「ドリフ大爆笑」が放送開始されましたが、45年以上経った今でも当時の映像やコントが放送されています。

BSフジテレビでは今でも「ドリフ大爆笑」が放送されるほど人気は未だに衰えていないのには驚きです!

そんなザ・ドリフターズのメンバーの現在の年齢は今何歳になられたのでしょうか?

また、メンバー内での不仲説は時折話題になっていましたが、今はどうなのか?

ザ・ドリフターズの初期メンバーや元メンバーのプロフィールについても調査しました!

この記事でわかることはこちらです↓↓↓

  • 2021年現在のザ・ドリフターズのメンバーの年齢やプロフィールは?
  • ドリフのメンバーの不仲説とは?
  • ザ・ドリフターズの初期メンバーは誰?

それではいってみましょう!

 

2022年現在のドリフのメンバーの年齢やプロフィールは?

2022年になっても、ドリフの再放送が「志村けんとドリフの大爆笑物語」が放送されたり、「8時だヨ!全員集合」のリメイク版が放送されたりと、何年経ってもいまだに愛され続けるザ・ドリフターズ。

名作コントの数々は今のお笑いの原点でもあり、千鳥の大悟さんも志村けんさんの意志を受け継いだコントを番組でやったりと、伝説的なお笑いグループです。

そんなザ・ドリフターズのメンバーで、ご健在なのは2022年現在で3名いらっしゃいましたが、仲本工事さんがご逝去され2名。(2022年10月追記)

ではお一人ずつ年齢やプロフィールについてご紹介していきます!

 

加藤茶さんの現在の年齢やプロフィール

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引用元:https://www.asagei.com/excerpt/170657

加藤茶さんの年齢は1943年3月1日生まれで、79歳です。(2022年現在)

それではプロフィールから↓↓↓

芸名:加藤 茶(かとう ちゃ)

本名:加藤 英文(かとう ひでゆき)

生年月日:1943年3月1日

出身地:福島県福島市

出身校:松韻学園福島高等学校

血液型:A型

デビュー期:1960年

妻:加藤綾菜(2011年~)

※参照元:Wikipedia

加藤茶さんのギャグといえば、『加トちゃんぺ』

このギャグは付け髭を付けていた時に剥がれやすいのを抑えるために人差し指と中指の2本を使って支えていたのが由来で、実は加藤茶さんの芸名はこのギャグから生まれたそうです。

また、ドリフの初期の頃から付き人として行動を共にしていた志村けんさんをメンバーとして引き上げたのも加藤茶さんでした。

「加トちゃんケンちゃん」は小学生から大人まで大人気の名コンビでしたね!

サザエさんの波平のような髪型に、丸眼鏡とヒゲで「チョットだけよ~」というギャグも大ヒットし、当時ものまねする人がたくさんいました。(笑)

2011年に45歳差の綾菜さんと結婚したことも話題となりました。

現在は闘病生活を続けながらも志村けんさんの追悼番組に出演されたりとご健在なのは本当に嬉しい限りです(^^)

 

高木ブーさんの現在の年齢やプロフィール

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引用元:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/03/09/kiji/20210309s00041000435000c.html

高木ブーさんの年齢は1933年3月8日生まれで、89歳です。(2022年現在)

プロフィールはこちらです↓↓↓

芸名:高木 ブー(たかぎ ぶー)

本名:高木友之助(たかぎ とものすけ)

生年月日:1933年3月8日

出身地:東京都豊島区

出身校:中央大学経済学部卒

血液型:B型

デビュー期:1955年

妻:一般の方(死別)

※参照元:Wikipedia

高木ブーさんはふくよかな姿が愛くるしくて、憎めないキャラと年上でも皆からいじられても笑顔が絶やさない人気メンバーのひとりですね!

高木ブーさんといえば、アロハシャツにウクレレを持った姿が印象的ですが、ドリフに加入する前から元々バンドマンで、いかりや長介さんからピアニストの補充としてスカウトされてドリフターズのメンバーになりました。

ウクレレの腕前は一流で、プロ演奏者としてハワイに招待されてこともあるそうです!

高木ブーさんの芸名の由来はクレイジーキャッツのハナ肇さんから『お前は太っているから、ブーだ』と言われてきまったとか(笑)

それにしても、88歳のご高齢でも志村けんさんの追悼番組で出演されていたのは本当にメンバー想いで素晴らしい方だなぁと感心しました!

 

仲本工事さんの現在の年齢やプロフィール

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引用元:https://www.daily.co.jp/gossip/2021/07/05/0014473868.shtml

仲本工事さんの年齢は1941年7月5日生まれで、81歳です。(2022年現在)

プロフィールはこちらです↓↓↓

芸名:仲本 工事(なかもと こうじ)

本名:仲本 興喜(なかもと こうき)

出身地:東京都渋谷区

出身校:学習院大学政治経済学部卒

血液型:A型

デビュー期:1963年

妻:三代純歌

※参照元:Wikipedia

仲本工事さんといえば、体操選手の姿でアクロバティックな動きを見せていたのが印象的ですよね。

実は高校時代、体操の東京都大会で2位になったこともあるめちゃくちゃ体操の上手い青年だったそうです!

仲本工事さんもバンドマンで、ギタリストとしていかりや長介さんがスカウトしたのがきっかけでした。

芸名の由来は、本名の「興喜」という名前があまり好きではなく、「こうじ」と名乗っていたそうで、体操で常にケガしていたから、ハナ肇さんからいつも身体が工事中だと言われたことから仲本工事という名前が誕生したそうです。

ちなみに仲本工事さんがいつも付けていたメガネは実は伊達メガネだったとのことです。(笑)

実は仲本工事さん、2020年からYouTubeを始めてます↓↓↓

2022年10月、交通事故に遭い、残念ながら亡くなりました。

ご冥福をお祈りいたします。2022年追記

ドリフのメンバーの年齢まとめ

では、亡くなられたいかりや長介さんと志村けんさんも含めた、ザ・ドリフターズのメンバーの年齢をまとめた表はこちらです↓↓↓

いかりや長介 72歳没
志村けん 70歳没
加藤茶 79歳
高木ブー 89歳
仲本工事 81歳没

 

ドリフのメンバーの不仲説とは?

1960~80年代にかけて大人気を誇ったドリフですが、人気絶好調のなかメンバー同士の不仲説などはあったのでしょうか?

人気が出ていくにつれ、コントの方向性や意見の食い違いもあったのではと予想できますが、実際はどうなのか調査してみました。

 

いかりや長介との不仲は〇〇が原因

志村けんさんが生前の頃、いかりや長介さんがメンバーに割り振りされるはずの給料をすべて自分の懐にしまっていたことを暴露していました。

芸能プロダクションから事務所をドリフ単体で独立した時に、テレビ番組以外に営業で稼いだ額をメンバーに教えておらず、のちに営業1本あたり「1500万円」だったということを知り、メンバーは何にもらっていない!とみんな大激怒。

年間、営業70~80本こなしていたザ・ドリフターズは営業だけで年間14億は稼いでいましたが、いかりや長介さんは均等分配どころか、メンバーに全然渡していなかったようです。(笑)

それは不仲になるのも当然だと思いますが、いかりや長介が亡くなられたときはそういう悪いことも忘れて、笑い話に変えていた志村けんさんは素晴らしい方だなぁと感じました。

 

志村けんと仲本工事は不仲だった?

志村けんさんと仲本工事さんの共演というのがほとんどなかったことで仲が悪かったことはよく噂されていました。

原因は競馬のノミ行為事件です。

警察に発覚後、二人は書類送検されますが、仲本工事さんが志村けんさんよりかけ金が多かったため、仲本工事さんのみ刑事罰を受けてしまいます。

志村けんさんは執行猶予のみだったこともあり、この判決の差が二人に亀裂を生んでしまったのではないでしょうか?

その後仲直りしたのかどうかは不明です。

 

高木ブーさんいわく全員バランスのとれた仲のいいメンバー

メンバーの不仲説はいろいろ噂されていましたが、高木ブーさんが志村けんさんが亡くなった後に答えていたインタビューでは次のようなことをおっしゃっていました。

「ドリフターズは年齢の構成もキャラクターの違いも、バランスが取れたいいグループだったと思う。たいへんだったけど、みんな仲が良かったし、みんな仕事を楽しんでた。あんなに手ごたえがあってやりがいがある仕事は、なかなかやらせてもらえないもんね。」

引用元:介護ポストセブン

高木ブーさんはいろいろあったけど、結局は仲良くやっていたし楽しく仕事をやっていたそうです。

また、いつか向こうで会ったときはみんなでたくさんコントをしたいと語っていた高木ブーさんのコメントは不仲説なんかどうでもいいと思わせるような感動的なエピソードでした。

 

ドリフの初期メンバーや元メンバーは誰?


ここからはザ・ドリフターズの初期メンバーだった方や実はこんなかたも元メンバーだったというテーマでお伝えしていこうと思います。

ザ・ドリフターズは今のようなコント集団になる前とは毛色が違って、音楽活動を中心とする純粋なバンドチームで、結成当時は今のメンバーは誰もいませんでした。

実はその初期メンバーや元メンバーには有名な方も多数いらっしゃったようなのでご紹介していきます!

 

初期メンバーは坂本九含む7名で結成

sakamotokyu

引用元:Twitter

実はなんと「上を向いて歩こう」の曲で有名な坂本九さんが初期メンバーのひとりでした。

結成されたのは1956年で、坂本九さんはそのボーカリストとして加入されていたそうで、当時は本当にバンド活動のみでコントは全くやっていませんでした。

まもなく、引抜があり加入期間は短かったのですが、元ドリフ出身だったことはビックリですね!

 

元メンバーには小野ヤスシや木の実ナナも

onoyasushi

引用元:Twitter

小野ヤスシさんは昔よくバラエティ番組で司会を務めたり、テレビでよく見かけていましたが、実はザ・ドリフターズの元メンバーでした。

ドリフのリーダーがいかりや長介さんになることに反発して、グループを脱退してコミックバンドの「ドンキーカルテット」を結成したことは有名ですね!

kinominana

引用元:Twitter

また、歌手の木の実ナナさんも同じ芸能プロダクションに所属していて、専属歌手として歌っていたこともあるそうです。

 

荒井注が志村けんと入れ替わりに加入

araichu

引用元:Twitter

荒井注さんは初期メンバーではなく、いかりや長介さんからスカウトを受けて、ザ・ドリフターズのメンバーに加入しました。

「8時だヨ!全員集合」にも出演していた荒井注さんは体力に限界を感じたこといかりや長介さんのワンマン的リーダーに嫌気がさして脱退されたそうです。

その後、志村けんさんが代役としてメンバーに加わりました。

「なんだ、バカヤロー」というフレーズは幼き頃の自分にも記憶がありますね(^^)

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今回はドリフのメンバーの年齢やプロフィール!【2022年最新】不仲説や初期メンバーについても紹介と題してお伝えしていきました!

ドリフのメンバーは今現在も元気に活動されていて安心しましたね。

プロフィールではメンバーについて少しはご理解いただけたのではないかと思います。

不仲説なんて、もう今となってはメンバー同士ではすべてがいい思い出となっていることでしょう。

初期メンバーも凄い方が多くて驚きました!

今後もザ・ドリフターズのコントは消えることなくお笑い界に生き続けていくと思います!

最後までお読みいただきありがとうございました!